TRPGってなに?“クトゥルフ神話TRPG”ってなに?

太古の地球に飛来した「邪神」クトゥルフ。太平洋の海底にあるルルイエで眠りに就いているとされる。


文:瀬戸エイジ+坂本雅之/アーカム・メンバーズ
イラスト:海野なまこ、原友和、Rachel Kahn、Gavin Inglis

 この世界にはわれわれの想像をはるかに超える恐ろしい邪神、忌まわしいカルト、けがらわしい陰謀が存在している。
 この知るべきではない知識を手に入れてしまったあなたは「探索者」となって悪夢と狂気の世界に挑むことになる。「探索者」は自らの命と精神を懸け、宇宙の真実を暴き、時には世界の運命までもがその手に委ねられることになるのだ。

◎クトゥルフ神話ってなに?

 クトゥルフ神話は20世紀に誕生した創作神話で、アメリカのハワード・フィリップス・ラヴクラフトというホラー作家とその友人たちを中心に作り上げられた作品群とその世界観です。
 この宇宙にはわれわれの想像をはるかに超えた存在が太古より存在しています。この神のような存在は、人類のことなどまったく知らないか、知っていてもとるに足らない存在としてまったく気にしていません。人類が「邪神」と呼ぶこの存在に、人類は対抗するどころか、理解することもできません。この無力感と恐怖が、クトゥルフ神話の特徴である宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)なのです。
 ラヴクラフトの死後も、クトゥルフ神話は多くの人々に愛され続けています。日本でも小説、コミック、映画やドラマ、ゲーム、果ては美少女キャラクターにまで(!?)クトゥルフ神話の要素が取り入れられていますので、あなたもきっとどこかで目にしているはずです。


ホラー小説の巨匠ハワード・フィリップス・ラヴクラフト。彼を中心にクトゥルフ神話が生まれた。



◎“クトゥルフ神話TRPG”ってなに?

 このクトゥルフ神話を背景世界として冒険や謎解きを楽しむのが“クトゥルフ神話TRPG”です。『クトゥルフ神話TRPG』(クラシック版)とその最新版の『新クトゥルフ神話TRPG ルールブック』が出版されています。

●TRPGってなに?
 TRPG(テーブルトーク・アールピージー)は人との会話とルールを使って遊ぶ「対話型」のRPGです。
皆さんは「ごっこ遊び」をしたことはありますか? 言葉のやりとりで状況や物語を想像したことがありませんでしたか? 時には動作を交えたり、言葉に感情をこめたりして、雰囲気を高めることもあったでしょう。
 倒すべき敵の姿や状況を思い浮かべ、あたかも自分が物語の登場人物であるかのように、敵をどう倒すか、あるいはどう逃げるかを考え、架空のキャラクターと会話することもあったに違いありません。
 こうした遊びの原風景を発展させ、ゲームとして楽しめるようにしたのがTRPGです。
 RPGと聞くとテレビゲームを連想する人がほとんどでしょう。TRPGとは「ゲーム機などを使わずに人間同士のコミュニケーションでやってみよう!」というものです。
 TRPGではコントローラーやキーボードの代わりに、紙や鉛筆、ダイス(サイコロ)などが使われます。画面に映し出されるグラフィックの代わりに、プレイヤーの言葉による説明、そして何より想像力が状況を描写します。物語はプログラムではなく、プレイヤーの1人が用意したシナリオをもとにして参加者全員で創り上げます。
 シナリオは出版されているものもあれば、ファンが作ったものもあり、自分で作ることもできます。

●キーパーと探索者
 TRPGでは、プレイヤーの1人がゲームの進行役を務めます。この進行役のことを"クトゥルフ神話TRPG"では「キーパー」と呼びます(ほかのゲームでは「ゲームマスター」とか「ダンジョン・マスター」などと呼ぶこともあります)。
 キーパーはテレビゲームでいえば、ゲーム機のような役割を演じます。冒険の状況、魅力的なキャラクター、恐ろしき怪物などをテーブル上に映し出すのです。
 ほかのプレイヤーは「探索者」の役割を演じます。探索者とは、物語の登場人物であり謎と恐怖に立ち向かうキャラクターのことで、危険に気づきつつもクトゥルフ神話の秘密に迫ろうとする勇敢な人間です。ホラー映画でいえば、おびえて逃げ惑う人々ではなく、恐怖の根源に立ち向かう主人公です。
 プレイヤーはキーパーの言葉を聞き、その状況で自身が担当する探索者がどのような行動をするかを考え、それをキーパーに伝えます。探索者の気持ちになってそれを演じるのもTRPGの楽しみの1つです(俳優のような演技を求められているわけではありませんので安心してください)。
 キーパーはさまざまな試練をプレイヤーに与え、プレイヤーはそれに挑みますが、これは競争や知恵比べではありません。TRPGに勝敗はなく、"クトゥルフ神話TRPG"をプレイする目的は、協力して一つの物語を創り上げ、全員が楽しい時間を過ごせるようにすることなのです。

【あるゲーム・プレイの風景】
探索者①:できることなら怪物が出てきた時のために武器を構えておきたいな。「何か出てきたら私に任せて。お化けなんてとっちめてやるんだから」といって木刀を構えるよ。

探索者②:スマホの明かりを使って周囲を照らしたいな。「(小声になって)みんな、スマホで辺りを照らすんだ。足元のガレキに注意して」

探索者③:「待って! 明かりをつけるのは危なくないか?」キーパー、まだ明かりをつけていないということでいい?

キーパー:いいよ。(残念。じゃあ別な方法で怪物を目撃してもらおう)。その時だ。壊れた窓から月明りが部屋を照らす。すると部屋の片隅に大きな影が見える。前かがみになった人間のようだが、どこか犬のシルエットのようでもある。君たちには気づいていないようで、ボリボリという音を立てて何かをかみ砕いている。

キーパーが進行役となり、全員が協力して物語を創り上げる。


●ダイス・ロール
 テレビゲームではキャラクターの行動の成功/失敗は、機械やプログラムが判定します。ですが、TRPGではたいていの場合、キャラクターを創る際に決めた能力や技能の数値とダイス・ロールによって判定します。
 “クトゥルフ神話TRPG”では、ダイス(サイコロ)を振って出た目が能力や技能の数値以下なら成功というのが判定の基本です。
 探索者の攻撃が怪物に当たったか、与えるダメージはどのくらいか、怪物から逃げられるか、崖から飛び降りた時に無事かどうか。そんな行動をやりとげたかどうかをダイス・ロールで判定するのです。


判定に使われる10面ダイス。片方を1の位、もう片方を10の位として、1から100までの数字を表します。


【あるゲーム・プレイの風景】
探索者①:ど、どうしよう! 何か怪物みたいなのがいる!? た、倒せるかな……?

探索者②:まずは様子を見てみよう。キーパー、大きな影が何をしているかわからないかな?

キーパー:相手に気づかれないようにするなら〈隠密〉ロールに成功する必要があるね。探索者①さんの〈隠密〉の成功率は20%、探索者②さんの成功率は80%だったね。

探索者②:それなら成功率が高い僕が近づいてみよう。「(わざとらしく声を潜めて)嬢ちゃん、ここで待ってろ。あいつの正体を探ってくる」

探索者①:「(声を潜めて)気をつけて、あなたならやれるわ」と言って力強くうなずきます。

探索者②:よし、ダイス・ロール! 結果は「100」!? ファンブル(大失敗)だ!

キーパー:それでは、あなたは注意深く影に近寄った。でも、怪しい影のことを気にしすぎて、足元の野良猫には気づかなった。あなたは猫の尻尾を踏んでしまった! 猫は大きな鳴き声を上げる! もちろん、怪しい影も鳴き声に気づいてしまう! そしてうなり声を上げながら、君のほうを見るよ!

探索者②:そんな~!

●私たちが生きている「現実世界」が舞台
 "クトゥルフ神話TRPG"の背景となる世界にはクトゥルフ神話が影を落としていますが、世界は一見私たちが生活している「現実世界」と変わりありません。ですのでプレイヤーであるあなたが異世界特有の約束事などを覚える必要はありま せん。しかも作ったばかりの探索者はクトゥルフ神話のことをまったく知りませんので、あなたがクトゥルフ神話のことを知っている必要もないのです。ですからTRPG未経験者でもすぐにこの世界に入ることができるでしょう。
 "クトゥルフ神話TRPG"の探索者は、強い探求心と勇気を持っていますが、それ以外はなんら私たちと変わりありません。ファンタジー世界の戦士のような強さも、魔法使いのような超自然的な力も持っていません。普通の人よりちょっと好奇心の強い人間です。
 探索者は少しずつクトゥルフ神話という忌まわしき事実に遭遇することになります。邪神、怪物、凶悪なカルト……。私たちと変わらない探索者がそれらに挑んだり、あるいは逃れたりするには、知恵と勇気、そして強運が必要となります。
 失敗すれば……探索者たちには恐ろしい結末が待っています。『クトゥルフ神話TRPG』は恐怖に満ちたゲームなのです。

●正気度ってなに?
 "クトゥルフ神話TRPG"では、キャラクターに「正気度」というポイントが用意されています。俗に「SAN値」などとも呼ばれることもあります。「SAN値直葬!」「SAN値ピンチ!」などという言葉を聞いたことがある人もいるかもしれません。
 正気度は「精神の耐久力」と言えるでしょう。恐ろしい出来事に遭遇したり怪物を目撃した時に精神が耐えられるか、あるいはその時にどれだけ精神がすり減ってしまうのか。こうしたことを表すのが正気度です。
 正気度がある程度減ってしまうと、探索者は「狂気の発作」などのペナルティーを受けてしまいます。このルールこそが『クトゥルフ神話TRPG』のいちばんの面白さと言ってよいかもしれません。狂気に陥ってしまった探索者がプレイヤーのコントロールから離れてしまうこともあります。プレイヤーが楽しんで狂気の発作を演じることもあります。
 前に述べたように、探索者はファンタジー世界の勇者とは違います。私たちだって怪物を見 れば逃げ出したくなるでしょうし、パニックを起こして右往左往するでしょう。探索者だって同じ超ビビりです! それでも邪神や怪物に挑むのが"クトゥルフ神話TRPG"の面白さの一つなのです。


危険だと思っても好奇心には勝てないことがある!(『クイックスタート・ルール』より)


【あるゲーム・プレイの風景】
キーパー:君のほうに顔を向けた黒い影。その正体は腐肉を食らう食屍鬼(しょくしき)だった! ゴムのような皮膚、犬のような顔、長いかぎ爪。君たちに気づいた食屍鬼の叫びが廃墟に響く! 食屍鬼を目撃した2人は〈正気度〉ロールだ!

探索者①:……成功! なんとか恐怖に耐えたよ!

探索者②:……失敗! 正気度ポイントを失って……一時的狂気だ!

キーパー:一時的狂気になった探索者②は恐怖のあまりその場で動けなくなってしまう! 探索者②:「ひ、ひぃ~! こんな怪物がいるなんて!」(探索者②はニコニコして狂気のロールプレイを楽しんでいる)

探索者①:「ここは私に任せて! 食屍鬼なんかやっつけてやるんだから!」と言って探索者①の前に出ます!

キーパー:だが、この食屍鬼は人間ではとてもかないそうにない! 巨大な食屍鬼が床をミシミシと鳴らせて近づいてくるよ。ここでINT(知性)ロールだ! 探索者①:……成功! 何かわかったの?

キーパー:うん。ミシミシいう廃墟の床が巨大な食屍鬼の体重を支えきれないかもと、君は思いつく。床にダメージを与えれば崩れ落ちるかも。

探索者①:よし! それなら食屍鬼は無視して床に攻撃を加えよう!「怪物め! この木刀と……ダイナイマイトの威力を見せてやる!」 キーパー:(そういえば事前にダイナマイトを手に入れていたんだっけ。用意周到だなあ……)

◎これだけは準備しておこう!

●ゲームする仲間
 まずはキーパーと探索者を務めるプレイヤーが必要です! まずは友達の中から探してみましょう。お互いに少々悪ふざけしても許されるような間柄だったり、TRPGやゲームに興味がある友達であれば申し分ありません。
 もしプレイヤー候補が周りにいなければ、インターネットで募集をしたり、誰でも参加できるようなゲーム会に行って仲間を見つけるとよいでしょう。
 コミュニケーションは日常生活でも大事ですが、言葉でやり取りし、協力して物語を創造していくTRPGでは非常に重要な要素です。
 初対面の相手とプレイする時は特に気をつけましょう。プレイ前にゲームの好みや、シナリオのトーン、好ましくない描写(過度に残酷な描写など)などをお互い理解するよう努力しましょう。繰り返しになりますが、TRPGでは参加者同士の協力が重要なのです。

●ルールブック
 TRPGを楽しむためにはルールブックが必要です。ルールブックにはゲームの遊び方、背景世界、探索者の作り方、邪神やクリーチャーのデータ、呪文やアーティファクトなどが書かれています。シナリオも収録されています。
 ルールブックの最新版は『新クトゥルフ神話TRPG ルールブック』ですのでこれがあれば大丈夫。古いシナリオやソースブックに対応した『クトゥルフ神話TRPG』(クラシック)もあります。
 TRPGの初心者だという人には、『新クトゥルフ神話TRPG スタートセット』がお勧めです。探索者の創造の仕方と基本的なルールが書かれた「クイックスタート・ルール」、独りで遊べるソロ・シナリオ、初心者向けのシナリオが収録され、ルールを確認しやすいキーパー・スクリーンも同梱されています。
 この「クイックスタート・ルール」は無料でダウンロードできますので、まずはそれを読んでみてください。シナリオ「悪霊の家」も収録されています。
 そのほか、ルールを簡略化した「1/10スケール・クトゥルフ神話TRPG」もあります。「クイックスタート・ルール」でTRPGの基本的な遊び方を読めば、初心者でも楽しむことができるはずですので、ぜひお試しください。

●ダイス
 判定に使うダイス。4面、6面、8面、10面、20面ダイスなどがあります。6面ダイスは3個、10面ダイスは2個あるとよいでしょう。
 ゲームを扱うショップやネット通販で買うことができます。さまざまなダイスアプリもありますし、googleでもダイス・ロールができますので、それらを使ってもよいでしょう。

●筆記用具
 探索者シートに数値を書き込んだり、ゲーム中にメモを取るための筆記用具。数値が変わることもあるので、消せるものがよいでしょう。

●みんなで協力してゲームを楽しむ気持ち
 “クトゥルフ神話TRPG”に勝敗はありません。たとえ探索者がひどい目に遭っても、ゲームの参加者が楽しめればゲームは成功です。
 キーパーとほかのプレイヤー、あるいはプレイヤー同士は、相手を困らせようとしたり、言い負かそうとしてはいけません。みんなで協力して、みんなが楽しめる物語を創造しましょう。

◎いろいろなシナリオを楽しみたい!

 “クトゥルフ神話TRPG”には、ルールブックのほか、さまざまなソースブック(サプリメント)もあります。
 1冊丸ごと使って、現代日本、1920年代アメリカ、ヴィクトリア時代イギリスを扱ったソースブックのほか、オムニバス形式でさまざまなテーマを扱ったソースブックがあります。中には猫になって探索を楽しむものや、原始時代、平安時代、幕末の探索者になって楽しめるものもあります。
 これらのソースブックにはシナリオが付属していて、さまざまな敵役、邪神、怪物、状況を楽しめます。またキーパーが新しいシナリオを作る手助けになってくれます。
 また、ライセンスのもとファンが作ったシナリオが同人誌になっていたり、インターネットで公開されていたりしますので、自分の好みにあったシナリオがきっと見つかることでしょう。


1920年代アメリカ(『新クトゥルフ神話TRPG スタートセット』より)


現代日本(『Role&Roll Vol.207』より)。舞台となる時代はさまざま。ちょっとした歴史旅行を楽しんでみよう。